2012年10月28日日曜日

グリード

監督:エリッヒ・フォン・シュトロハイム

あらゆる瞬間が「映画」だ。完璧な傑作。
鳥かごとネコのモチーフが印象的だ。ネコのどアップ、そしてネコが鳥かごに掴み掛るショットが素晴らしいのは、それがモチーフの象徴的意味においてではなく、そのあまりにも不吉な雰囲気に満ちた画面そのものであるだろう。
あるいは路面電車、鉄道といった乗り物を見事にとらえたショットの数々。ザス・ピッツとギブソン・ゴーランドを手前に配し、その奥を鉄道が通りすぎるショットのなんと感動的なことか。
これはもう理屈の問題ではなくて、というか、実際なぜ男女の後ろを鉄道が通るだけでこんなに泣けてしまうのかよくわからない。しかし素晴らしい。

あるいはザス・ピッツとジョーン・ハーショルトがゴーランドの歯医者から路面電車に乗って帰っていくところを、(そもそも歯医者の室内でのシーンからして、窓から下の景色が見えて、とっても見晴らしのいいショットで構成されているのだけど)窓からの俯瞰で撮りながら、ゴーランドのクローズアップにつなぐカットのなんと小気味の良いこと。
このシーン、俯瞰ショットで窓枠とともに路面電車を捉えつつも、最後だけ窓枠抜きで路面電車単体をきわめて印象深く撮ってる。

その他、バストショット⇒フルショット⇒クローズアップというカットの入りがとてもサスペンスフルだったり、煙や湯気を効果的に使ったショットが多数あったり、あるいは階段の途中で止まるゴーランドと上のザス・ピッツを縦の構図で捉えた仰角のど迫力のショットなど、緊張感のある演出で最後まで突っ切ってくれた。すごい。
もう終盤はひたすら食い入るように見ていた。

(いろいろな尺のバージョンがあるそうだけど、僕が見たのは134分版)

2012年10月21日日曜日

厳重に監視された列車

監督:イジー・メンツェル

物凄い傑作。一つ一つのショットの圧倒的な強度、美しさ。もう本当に全てのショットが美しいのだが、その中でも雪の中を走る蒸気機関車のショットをあげておきたい。
また、美しいショットのつなぎ方がいわゆる王道の映画とは違う、独特の間をもってつながれていくのだが(例えば女車掌のマーシャがミロシュにキスしようとすると電車が走り出してしまうとびきりに可愛い描写のカットの割り方、持続時間)、そうした「間」が決してヘタクソな学生映画のそれではなくて、時の流れが少しだけゆっくりになるかのように、そしてこう言って良いのであれば、「魔法にかけられた」かのような印象を残す。

そしてそのようなちょっとしたショットの持続、カメラの寄りで紡がれる空間と時間の、なんて濃密なことだろう!
女たらしの駅員が電報係(クソかわいい!!)と情事に至るショットでは、電報係がゆっくりと仰向けに体を寝かせる時にピタッと窓から差し込む光が彼女の顔にあたる。この濃密さ!美しさ!本当に幻想的だ!

美しく、そして濃密な空間/時間設計でありながら、同時にユーモアと優しさが映画全体を包み込むような感覚がある。それは上記したショットのふとした持続やカメラの寄りに、映画作家の「まなざし」を感じるからだ。端的に言えば、人間愛だ。

本当に素晴らしい。←もうこれしか言えません(笑)

2012年10月20日土曜日

アウトレイジ・ビヨンド

監督:北野武

前作『アウトレイジ』のタイトル・クレジットにつながるクレーンのワンショットで、その圧倒的硬質感によって鮮烈な印象を与えた黒い車が、海からクレーンによってぬーっと引き上げられるショットによって始まるこの映画は、まさに「亡霊」とよぶにふさわしい不気味さをたたえている。

その「亡霊性」は、武の登場するシーンにおいても印象づけられる。刑務所の食堂で小日向文世演じる刑事と向かい合う武の姿は、小日向が「まだもうろくする年じゃないでしょ!」とツッコミを入れるのが皮肉に聞こえるほどに、「ボケ老人」のような印象を与える。


さらに言えば、武と似たように前作で葬り去られ、今回武と共謀する事になる木村(中野英雄)が、子分の死体現場にやってくるシーンでも、砂埃が画面いっぱいにまきおこり、その「霧」の中からぬーっと亡霊のように姿を見せるのである。

あるいは出所後、武が前作の歯医者のシーンと同じように、ドリルでもって目隠しされたヤクザの目をめちゃめちゃにするとき、亡霊の復活が告げられる(ドリルの電源を入れるときの、武の「確かめるような」仕草を見逃さないでおきたい)。

この車と武の姿、さらには中野英雄の姿によってスクリーンに刻印される亡霊が、ついにその「復讐」を果たす瞬間はスローモーションによって、圧倒的強度でもって捉えられる。
自分の見たものが信じられないというふうな三浦友和の顔は、まさに「幽霊をみてしまった」顔だ。
この瞬間には思わず感動してしまった。

時にフィックスのクローズアップでつないだり、あるいは浮遊感のただようふわふわとしたカメラワークでそれとなく人物を捉えたり、あるいはまったく切り返しを用いずにフルショットだけで処理したり、さらにはいきなりイマジナリーラインをガン無視してみたりと、ほとんど一貫したフォルムを持たぬまま映画が進行し、やがて、高橋克典以外ほとんど印象に残らないような殺し屋達が、次々とヤクザを殺していく一連のシークエンスになると、そこには驚きも何もない、ひたすら果てしなく続いていく運動そのものが画面に露呈し、ほとんど途方にくれることしかできない。

ラスト、どっからともなくふらふらと、しかし一直線に歩いてくる武の姿の異様さはいったいなんだろうか。そしてその武が、こいつだけは撃たないだろうと思っていた相手を呆気なく撃ってみせるとき、この映画は再び争いの始まりを告げ、そしてそのまま終わっていく。

(後記)「次々とヤクザを殺していく一連のシークエンス」は、うーん、こうは書いてみたものの、やっぱりあれは粗末なんじゃないかとも思ってしまう。ちょっとわからない。

2012年10月18日木曜日

ウィークエンド

監督:ジャン=リュック・ゴダール

カッコイイ!そして美しく、そして力強い。
冒頭で夫婦が出発するシーンの隣家の家族との大爆笑もののバトルからして、この映画が傑作であること、そしてこの映画が何よりも運動的であることがわかる。
この映画には秩序がない(「私は文法を終わらせに来た。とりわけ映画の」という意味深なシーンがありますね)。そこでは警察官などまるで役にも立たず、道には横転した車がそこら中にあって、血だらけの死体まである。そしてそれらが美しい田園風景と人々の怒鳴り合いとクラクションをバックに映された画面の、なんとも言えぬミスマッチ感(笑)死の匂いが立ちこんでるんだか立ちこんでないんだか、たぶん立ちこんでいないのだろう。このなんともいえぬ居心地の悪さがゴダール印だ。
血にまみれた遺体がまとっている服がやたらカラフルでオシャレだったりするのもその居心地の悪さ故だろう。
あるいは、主役の夫婦は、そこに横転した車があろうが、死体があろうが、とにかく走り続ける。それは、これらの車や死体や喧騒を映した長い長い横移動の果てに、夫婦の車がそこを通り抜けて遠くの曲がり角を右に曲がってずーっと走っていくのをカメラが追い続けるというこの「持続」に見事に刻印されているだろう。

あるいはまた、「文法を終わらせに来た男」とその連れの女を追いかけて、そこらじゅうにひっくり返った車が散乱する中を主役夫婦が猛ダッシュする光景を、クレーン撮影で捉えた美しい画面。

あるいは人々の怒鳴り合いの素晴らしさ。衝突事故で喧嘩する女とトラクターの運転手が、なぜか主役夫婦を一緒に罵り合い、挙げ句の果てには抱き合ってしまうという嘘みたいな、しかし夢のような(と言ってしまいたい)シーン。

ラストの銃撃戦も見事な出来栄え。前編合わせて3つあるクローズアップはどれも素晴らしい。
あらゆるものを破壊しながらも、それでも残り続ける運動、肉体、生!このゴダールは本当に素晴らしい。

2012年10月17日水曜日

ヴィンダミア夫人の扇

監督:エルンスト・ルビッチ

ルビッチらしい視線の交錯による誤解と疑心の連鎖。それは映画が始まって早々の競馬場のシーンで見事に凝集されている。この競馬場のシーンだけでひとつの傑作短編映画が成立してる。とてもいいと思った演出が、観衆の中にアーリン夫人がいて、それをカメラが俯瞰で捉えるわけだが、その俯瞰ショットにおいて、人々がアーリン夫人をチラチラと見るっていう演出ね。このように黒帽子で埋め尽くされた群衆において、人々の動きだけで事態を理解させる手際の良さは、たとえばヒッチコックの『海外特派員』にも通じる素晴らしい演出ですね。

上記した視線のサスペンスと疑心の連鎖が、中盤ではやや抑えられるため、ちょっと退屈もするのだが、しかし終盤のアーリン夫人の決断には思わず泣かされるし、何より扉を開けるとアーリン夫人が現れるというフィックスのワンショットが素晴らしい。

また序盤の屋敷の大きな空間と大きな窓から差し込む日光を活かした空間造形が素晴らしい。このようにだだっぴろい空間の中で人間を捉える撮影がたまらなく好きだ(暗殺の森、バリーリンドン)。

ヴィンダミア夫人が、扇を持って「あいつが現れたらこの扇で引っぱたいてやるわ!」と言うシーンもいいね。

危険な関係

監督:ロジェ・ヴァディム

圧倒的な面白さ!美しい美しいアネット・ヴァディム、ツンツン感がたまらなくかわいいジャンヌ・ヴァレリー、そして堂々たる悪女っぷりを披露するジャンヌ・モロー。彼女たちを見ているだけで最高に楽しいのだが、ロジェ・ヴァディムによる演出も素晴らしいの一言。

ジェラール・フィリップがジャンヌ・ヴァレリーを陥落させるシーンなんか最高だ。フィリップがヴァレリーの足をさするのを布団ごしに撮るショット、そして二人がソファーでキスをするショットの可笑しさ!

あるいはフィリップとアネット・ヴァディムが結ばれる瞬間の、二人の口づけを真横から撮ったショットの美しさ。このショットの照明の何て美しいことだろう。

そしてジャンヌ・モローが、ジャンヌ・ヴァレリーの恋人に公園で出会うシーンの繊細な撮影。ベンチに二人が腰掛けたワンショットは、左奥にブランコに乗る子供の姿が捉えられていて、とっても愛らしいショットだし、そこからぐるっと180度カメラが回転してみせる演出、そして二人が別れた後、男が去っていくのを撮り(帰り際に子供の紙飛行機をとってやるっていう演出が良いよねー)、そのままカットを割らずにパンして、ジャンヌ・モローの後ろ姿を捉えた魔術的に美しくカッチョいいショット!いやー素晴らしい(さらにカメラがモローに寄って、ぐるっと前に回って彼女のうるんだ瞳を捉えるのもまた素晴らしい)。

終盤のバーのシークエンスでは、演出のフォーカスが主役二人から、バーではしゃぐ女たちや愉快に演奏するバンドの人々に移っていて、ここの空気感もまた楽しくていいねー。

その他、アネット・ヴァディムがバーに現れるシークエンスや、あるいはジャンヌ・モローとフィリップがやや険悪気味に会話するシーンで、カメラが突如窓の外に出て、吹雪とともに二人を撮ってみせる見事な演出、などなど、もう数え上げたらキリがない豊かでロマンチックで遊び心に満ちあふれた細部の数々!映画の喜び、ここに極まれり!

2012年10月16日火曜日

映画レビューのリンク

【英数字】
A corner in the wheat/ The Sealed Room(グリフィス)   http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/03/a-corner-in-wheat-sealed-room.html

An Unseen Enemy(グリフィス)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/03/an-unseen-enemy.html


Lonely Villa(グリフィス)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/03/lonely-villa.html

4ヶ月、3週と2日  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2016/08/432-part-1.html

5時から7時までのクレオ(アニエス・ヴァルダ)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/04/57.html

【ア】

愛さえあれば(スザンネ・ビア)   http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2013/05/blog-post_19.html

アウトレイジ・ビヨンド http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/10/blog-post_20.html

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秋日和 http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/12/blog-post_20.html

雨(ルイス・マイルストーン)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2013/05/blog-post_3.html

アメリカン・ハッスル  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/02/3.html

ある女の存在証明(アントニオーニ)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2015/05/blog-post_4.html

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【カ】
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【タ】

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【ナ】

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なみのおと/なみのこえ 新地町 http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/12/blog-post_21.html

涙するまで、生きる http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2015/08/blog-post.html

ニコラ http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2013/01/blog-post_2.html

ニシノユキヒコの恋と冒険  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/02/blog-post.html

眠れる美女(ベロッキオ)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/03/blog-post_22.html 

ノスフェラトゥ http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/05/blog-post_09.html

【ハ】

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羊たちの沈黙 http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2015/07/blog-post_12.html

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【マ】

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マルタ http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/12/blog-post_30.html

マンディンゴ http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/10/blog-post_14.html

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メランコリア http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/02/blog-post_18.html

モレク神  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/04/blog-post_20.html

【ヤ】

夜行列車 http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/12/blog-post.html

【ラ】

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ロルナの祈り http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2012/09/blog-post_21.html

【ワ】

ワイルド・アパッチ(オルドリッチ)  http://gattacaviator-yasaka.blogspot.jp/2014/03/blog-post_29.html

ミッドナイト・エクスプレス

監督:アラン・パーカー

面白い!特に終盤は相当によく出来てると思う。
刑務所映画ってどうにも空間造形が難しいのか、そこまで良い印象がないのだけど、これは屋外の乱闘や、刑務官の処罰の暴力性を際立たせる事で、見事にテンションを維持していると思う。
裁判で"Your're pigs!"と連呼しまくるシーンのブラッド・デイヴィスの何たる名演技、スーザンとの面会シーンの悲しみと狂気の均衡感、そして特別管理棟に送られてからの堂々たる画面の数々。

特に上から光が差し込んでいる洞穴みたいなところがとっても面白い。そこでやり取りされる会話の内容(工場から送られてくる機械)からも、ここは「洞窟の比喩」を想起させる。
この洞穴も含めて、この管理病棟は坂道や階段が随所に出てくる。鬼刑務官がビリーを引っ張っていくのも上り坂ですね。このシーンがまたズームアウトでぐーっと引いていく画面で、とてもうまくいってると思う。

ブラッド・デイヴィスが暴れまわるシーンには度肝を抜かれた。水道ぶっ壊すなんて思ってもいない。まるで『猿の惑星』だ(笑)

2012年10月15日月曜日

オーケストラ・リハーサル

監督:フェデリコ・フェリーニ

書くことなし。オーケストラの楽団員が暴れまくります。巨大なメトロノームとか出てきたあげくそれもぶっ壊します。面白くないわけないでしょ!!

※ただ、これはちゃんとした音響設備の映画館で見るべき映画かもしれないね。ま、十分面白いけど。

2012年10月14日日曜日

マンディンゴ

監督:リチャード・フライシャー

オールタイムベストの一本。これほどまでに暴力的で過酷な映画は目にした事がない。
全編、強烈な光と影のどぎついコントラストの画面を基調としながら、時に手持ちによる移動撮影を織り交ぜながら、奴隷制度下のアメリカ社会の狂気性、そしてそんな中でも黒人に寛容にみえる主人公ハモンドの理性が吹っ飛ぶ瞬間を完璧に描き切っている。とにかく物凄い。

フルショット、ロングショットの圧倒的な強度は言わずもがなだが、そのなかで随所にインサートされる構図⇒逆構図の切り返しの見事さ。それは例えば、黒人のエレンとハモンドが初めて出会ったシーンにおける「内側の切り返し」であり、あるいはハモンドの馬車にのったエレンを妻のブランチが見下すように睨みつけるシーンのエレン⇒ブランチの切り返しであり、あるいは奴隷のミードが格闘でトパーズに勝利した後、しっかりとトパーズの遺体とそれを見つめるミードのクローズアップを逃さない繊細さだ。

ハモンドの妻ブランチのディレクションは相当にオーバーアクションだが、そのこっけいさが時に笑え、しかし時にその過剰さゆえに迫ってくるものがある。
ハモンドとブランチが初夜の翌朝に喧嘩するシーンでの鏡を使った見事な演出。とりわけブランチは映画において幾度となく鏡の中の姿を捉えられている。これはいったいどういう演出なのだろうか。

ラストの15分の圧倒的緊張感は、ほとんどキューブリックを思わせるレベルで、例えば必死にハモンドを止めようとするエレンを振りほどき、「自分が黒人であることを忘れるな!」と言い放つハモンドを移動撮影のワンショットで捉える演出が素晴らしく、また拳銃を構えたハモンドと奥の父親を捉えたパンフォーカス気味のショットも凄い迫力。

超一流のスーパー大傑作。映画史上ナンバーワンの一本だろう。

2012年10月12日金曜日

クーリエ 過去を運ぶ男

監督:ハニ・アブ・アサド

主人公の男とアナ、その二人の育ての親ともいえるエディが殺されたことを、男の方がそれとなくアナに伝えるシーンがあって、二人は思わず抱き合い、キスをする。で、それをここぞとばかり逆光で撮る(外で雨が降っていたかは思いだせん)。そしてそのまま翌朝、二人がベッドで一緒に寝ている。んで、まぁ、「育ての親が死んだのにお前らセックスかよ!」とは言わん。別にそれはいい。
そうではなくて、この一連の演出が「共通の育ての親の死をきっかけに結ばれました。めでたし」というレベルでしかない事が問題である。
逆光で撮ってもそれは演出にはならない。あるいは翌朝の二人はただただ「めでたく結ばれた二人」の絵でしかなく、育ての親を失くした男と女の姿ではない。端的に言えば、演出がない。

あるいはいくつかの格闘シーンやチェイスシーンの見事すぎる出来栄えと、それらのシーンにおいて、主役として画面中央にドーンと存在感を示す主人公。に対して、こうした格闘シーンやチェイスシーン以外のシーンにおける、あまりにも類型的なキャラクター造型。
怒りが頂点に達して机をひっくり返す男からは、「怒っています」というメッセージしか伝わってこず、その放り投げられた机の脚を捉えた見事な構図のショットが虚しい。
アナにしても、「元自動車泥棒」という過去は、車の鍵を見事に開けて見せる口実でしかなく、アナの佇まいと仕草から感じられるアナ自身の人間性は何一つ漂ってこない。

こちらが見たいのは、格闘もチェイスもしていないのに、それでも漂ってしまう運び屋の危険な佇まいだ(別にそうでなくてもいい)。
例えば『トゥルー・グリット』の、マット・デイモンの登場シーンのカッチョ良過ぎるオーラであり、『ドラゴンタトゥーの女』の、ベッドインした翌朝のダニエル・クレイグのめちゃめちゃ照れくさそうな仕草である。
要するにこの映画には細部がない。細部によって人間を描こうという意志が見えてこない。

とっても面白く見たけど、総じて貧しい映画と言わざるを得ない。


2012年10月11日木曜日

コンドル

監督:シドニー・ポラック

渋い映画だなー。それはレッドフォードとフェイ・ダナウェイの関係性の、(映画としては)極めて禁欲的な描写にも表れているだろう。そうでありながら、二人がつかの間結ばれるシーンでは、フェイ・ダナウェイがボロボロ涙を流す。
あるいは翌朝の二人のやり取りもとても楽しい。
例えばボニー&クライドの二人に比べれば圧倒的に控えめでありながら、しかしあの二人以上にお互いの波長が同期している事が画面に露呈している。
それはフェイ・ダナウェイのどこかよそよそしくありながら、衝動的に感情を発露するキャラクター造型によるところが大きいのではないか。
さらに言えば、これは冒頭の惨劇以降、レッドフォードが徐々に「見えざる敵」に追い詰められていく様を手際よく描いたからこそ、二人が結ばれるその物語に惹かれるのだろう。
例えば、その冒頭の惨劇や、あるいは迎えにきた友人が撃たれるシーンなど、シンプルに演出しつつも、徹底して銃口の無機質なアップカットを入れるあたりの徹底した演出も見られ、このあたりが功を奏しているのではないか。

このように二人の関係性を十分に描いているからこそ、ヒギンスを誘拐するシークエンスに味が出る。


2012年10月1日月曜日

風にそよぐ草

監督:アラン・レネ

これは素晴らしい。財布を拾ったことをきっかけに恋に落ちる(?)中年の男女、という極めて単純な「あらすじ」でありながら、あらゆるショットで観客を驚かせてくれる、ほとんど魔法のような映画だと言っていい。
とりわけ終盤、マグリッドがジョルジュの家にやってくるシークエンスでは、主要人物4人が勢ぞろいするわけだが、このシーンの変てこぶりにはぶったまげるしかない(笑)いったいどうしてこんなムチャクチャな事をやっておいて、映画が成立しちゃうんだろう。でも成立してしまうのだ、その理由を全て把握することはとてもできないが、しかし例えば、車で新聞を広げた途端パッと対向車のライトが差し込んできて、すると俯瞰のショットに移行して、再びカメラが車内を映し、そうして突然の愛撫が始まるという一連の演出の素晴らしさがその理由の一つであることは間違いないだろう。

あるいは前半部のハイライトと言ってもいい、家族そろっての食事シーン。ゆらゆらと揺れるカメラがワンショットで家の中をぐるぐる移動しながら、家族がソファーで話したり、かと思うとジョルジュが肉を焼いて、それからみんなが着席して肉を食べる、という一連の動きを軽やかに捉える様は、まさに映画を見る喜びに満ち溢れている。なぜなら、これこそが映画だからだ。つまり、言葉で説明するには何て事のないシーン、ごくありふれた家族の食事の光景が、カメラと照明と役者の動きによって、こんなにも素敵なシーンになってしまうこと、それを目撃すること、そうして僕たちの人生が豊かになること、それが映画の魔法だ。

食事の最中にマグリットから電話がかかってきて、ジョルジュが受話器をとり、話をするわけだが、これをカメラはどのように捉えるかと言えば、画面手前だけにフォーカスを当てて、手前で電話をするジョルジュ(とマグリット)と、奥で食事をする家族たちの間の空間的な差異を際立たせているのだ。このような「圧倒的に正しい」演出には思わず「そうそう!こうだよね!」と頷くほかあるまい。

あるいは二人がついに顔を合わせるシークエンスでは、「映画を見たあとでは何もかもが自然に起こる」という素晴らしいナレーションに続いて、二人が出会い、そしてカフェに入っていく。すると画面奥に「Cinema」と書かれた映画館の看板が映り込む。こんなに泣ける演出があるだろうか。

クロード・ミレール、クロード・シャブロルら同様、老いてますます瑞々しさを発揮する魔術師アラン・レネの、怒涛の傑作である。