2021年10月24日日曜日

ノーマンズランド

 ダニス・タノヴィッチの長編デビュー作。なるほど、ボスニア紛争を題材としながら、見事に洗練された寓話として描いている。
冒頭の霧の描写から、夜が明けて、いきなり銃撃戦が始まり緊張感が高まるが、それ以降はむしろとぼけた展開で笑いを誘う。
タノヴィッチが凄いのは、笑える展開を繰り広げながら、それがじわじわと「笑えなく」なっていく様子すら描く点だ。
気絶している間に、自分の背中の下に地雷を仕掛けられてしまった男は、最初はむしろ笑いを誘う存在である。彼がタバコを吸って咳をすると、相方が慌てて彼の背中が浮かないように押さえつけるという描写が好例だ。ところが、終盤にだんだんと雲行きが怪しくなってくる。その雲行きの怪しくなり方、身もふたもなく、「はい、無理」となってしまうこの不条理さ。
当然、こうした不条理劇には様々な意味を読み取ることができるだろう。国連の援助や仲介の無力さを読み取ることもできるし、もっと大きく、神の沈黙、とまで言えるかもしれない。
まるで60年代の西部劇のようなタッチで、雄弁にボスニアの現実を語る手腕。
日本には『サラエボの銃声』以降輸入されていないが、IMDBを見ると、近年も新作を発表し続けているようだ。タノヴィッチをもっと!

追記:終盤、塹壕からの撤退が決まったあとに、ジャーナリストが車に乗り、車の窓に撤退する国連軍兵士の姿が映る。窓の反射を使った撮影は映画の常套手段だが、単なる美的な印象以上の、やり切れぬ情感を残す素晴らしいショットだ。

2021年10月22日金曜日

カティンの森

 劇場公開時以来、久々、3回目の鑑賞。
やはり家で見ても音響が微妙なので、オープニングの緊迫感なんかが公開時よりも印象としては薄れてしまったが、しかし全編見事な撮影、構成、ストーリーテリングだ。
アンジェイ・ワイダは、IMDBなんかを見てみると作品数がかなり膨大で、日本で見れる作品というのはDVDなどを合わせても一部に過ぎないのだが、年代ごとに作風がずいぶん異なる印象を受ける。
個人的にはやはり『灰とダイヤモンド』の陰影表現の徹底ぶり、ツィブルスキの情熱的な芝居に心を掴まれるのだが、60-70年代のいくつかの作品は、『灰とダイヤモンド』とはかなり作風が異なっている。『約束の大地』、『ダントン』、『戦いのあとの風景』などは、大胆なカメラ移動やズームを多用し、少々露骨なセリフに依存したそれで、良く言ってエネルギッシュ、しかしどこか粗雑な面も否めないと感じる。当時のポーランド情勢も影響しているのかもしれないが、A・ムンクやザヌーシ、ブガイスキらに比べると少々見劣りする。

だがこの『カティンの森』以降、遺作となった『残像』までのおよそ10年に及ぶ晩年の作品こそが、ワイダのワイダたる所以を一挙に示したと思う。これらの作品は、上記の荒々しいカメラワークに頼った演出ではなく、むしろ厳格なフィックス・ショットとS・ルメットばりのカッティング・イン・アクション、誇り高き女性像などが際立った傑作ばかりである。90年に撮られた『コルチャック先生』に、すでにその片鱗は見えていたものの、70-80年代からゼロ年代にかけてのワイダの遂げた飛躍にはすさまじいものがある。(90年代後半からパヴェウ・エデルマンが撮影を担っていることがほとんどなので、このあたりが転機なのかもしれない)

さて、『カティンの森』であるが、ここで21世紀の3大ジェノサイド映画を決めてしまおうと思う。先日見た『アイダよ、何処へ?』(スレブレニツァの虐殺)、アトム・エゴヤンの『アララトの聖母』(アルメニア人虐殺)、そしてこの『カティンの森』である。

『アイダよ、何処へ?』が、とにかくアイダという一人称の視点を忠実にフォローしながら、虐殺そのものについては直接的な描写を排することで、大文字の歴史と個人史の交錯をスリリングに描いたとすれば、『アララトの聖母』は歴史を語る行為を徹底して相対化してみせたポストモダン映画であった。
『カティンの森』はそのちょうど中間のような映画であると言える。
少佐の妻がナチスドイツの記録映像を見せられ、カティン事件を知る。
その映像では、ナチスとポーランドの調査委員会の調査の様子に、ソ連の極悪非道を暴露するナレーションがかぶさっている。彼女はこれによりソ連の犯行を確信する(作り手のスタンスももちろんこちらである)。
一方で中盤には、ソ連が作ったプロパガンダ映像において、先ほどの映像と瓜二つな、ソ連とポーランドの調査委員会による調査の様子が映される。ナレーションは、ナチスの仕業として糾弾している。
歴史は勝者によって創られるように、ナチスの犯行という主張が既成事実化していくのである。
その意味で、『アララト』ほど挑発的ではないが、ワイダがここで、映像がもつ邪悪な力を主題化していることは間違いないだろう。

その一方、虐殺後、あるいは終戦後の後味の悪さ、人生の苦みを描いた点では、『アイダよ、何処へ?』に先駆けるそれとなっている。
上記のように、勝者ソ連によってカティン事件が嘘で塗り固められていく様を、それに抵抗しようとして挫折する人々を描くことで表現しているにとどまらず、終戦後に再会する人達の微妙な感情のすれ違いを見事に描いているのが素晴らしい。
主人公のアンナは、終戦後も、夫の帰りを待ち続け、娘には呆れられてしまっている。先に夫の死を知ったアンナの義母とも、感情的に対立していく。(義母を演じたマヤ・コモロフスカの何とも苦々しい表情が素晴らしい。)
少佐の妻と、元家政婦で今や市長の妻となった女性との苦々しい再会の描写も、慎ましくも厳しい印象を残す。
カティンで死んだ兄の墓碑をつくる妹(マグダレーナ・チエレツカ)と美術大学総長として共産党に忠実な姉(アグニェスカ・グリンスカ)の対立。
そして、束の間の若い男女の出会いと永遠の別れ(これぞワイダ印!)。

終戦がダイレクトに喜びにつながらず、新たな対立を生むに過ぎないという陰鬱な現実こそは、まさしく『アイダよ、何処へ?』が描き出したものであるし、ワイダが(そのスタイルには様々な変化があれど)50年代から一貫して取り組んできた主題だと言える。
クラクフの静かな公園、霧、そして雪。これほど美しく、華麗で、しかし徹底的な厳しさに満ちた歴史映画はなかなか見れるものではない。やはり、ワイダの最高傑作だ。





2021年10月14日木曜日

アイダよ、何処へ Quo Vadis, Aida


ファーストショットが良い。アイダを含む一家がソファに座っているのを横移動で捉える。
弟→父→兄と順番に画面に映り、みな画面右側を凝視している。カットが割られると、彼らの視線の先にアイダが座っている。アイダだけが画面左向きに座っている。これが物語上のどういうシーンなのかは明かされないが、事の顛末を事前に予見するようでもあるし、しかしそこまで明確でもない。むしろショット自体の緊張感、終盤まで流れることのないサントラの重厚さが印象的だ。
何度か殺戮の場面があるが、銃弾に倒れた女性の遺体を背後から捉えたショット以外、この映画では人が銃弾に倒れるというシーンがない。終盤のジェノサイドのシーンも、画面外に銃声を響かせるにとどまる。現実としてスレブレニツァの虐殺の犠牲者の遺体は見つかっていないものが多いというのだが、本作でも彼らの痕跡は骨と靴とわずかな衣服のみである。家族が銃弾に倒れて涙を流すとか、そういった描写は一切なく、決定的なことは我々の視野の外で起き、我々は残された人々を見守ることしかできない。
それがこの作り手にとっての、ボスニア紛争なのだろう。
無慈悲な虐殺のあとも、その決定的な痕跡を欠いたまま、苦い現実がひたすら続いていくのだ。

教師に復帰したアイダに笑顔はない。あるいは自宅で息子が呼ぶ声が聞こえても、特に動転することもない(この描写には驚かされる)。そこに安直な癒しや回復は描かれない。
アイダの回想で描かれるパーティでの、無表情に踊る人々の顔を捉えたショット(まるで幽霊のようである)に呼応するように、子供たちのアップショットがラストに続く。これも当然ながら、単純な希望とは呼べない何かだ。希望とも絶望とも言い難い、言語を超えた現実のなかで、しかしそれでも人は生きるのだ。この禁欲的な画面設計には感動する。(編集はパヴェリコフスキ作品を扱ってきたポーランド人,ヤロスワフ・カミンスキだ。彼に関連して監督がインタビューで、ウッチ映画大学の生徒も大半が、スレブレニツァの虐殺を知らなかったという話をしていた。)


とうとうアイダと家族が引き離される場面の、一連のショットが素晴らしい。ヤスナ・ジュリチッチのあの芝居を引き出し、撮影者があの映像を捉えたことで、この映画は完全に勝利している。
フランケン少佐を演じたレイモンド・ティリーも名演。
自分が所属する組織と家族の間で板挟みになった主人公が右往左往し続けるサスペンス映画として、同じくボスニアで撮られた傑作『サラエヴォの銃声』とともに記憶すべき名編。