2021年6月2日水曜日

私の秘密の花

 監督:ペドロ・アルモドバル

久々にDVDで見たが、個人的にはアルモドバルの最高作はこれ。
後に『ジュリエッタ』でも再現される、愛の挫折とその癒しの物語。一方通行の愛を痛々しくもユーモラスに演じるマリサ・パレデスが本当に素晴らしい。彼女が夫に捨てられたあとの一連の描写。睡眠薬を大量服用し、ベッドに寝そべった彼女を捉えた美しい俯瞰ショット。そこからカフェで、テレビから流れる失恋を歌った唄に涙し、外に出ると白衣を着た医学生達が元気よくデモに興じている。そこにエル・パイスの編集者が現れ、彼女を抱きとめる。抱擁する二人を俯瞰で捉えたカメラは、ゆっくりティルトアップして、紙吹雪が舞う空を映す。そこにかかるメランコリックな歌。何と言うエモーションの連鎖。ここには映画にしか表現できない情感がたっぷり詰まっている。

アルモドバルにおいては、常に現実と虚構の関係が重大なモチーフとなる。それは時にフェティシズム的な描写に堕するリスクをもっているが、この映画では様々な"フィクション"が良く機能している。臓器移植のシミュレーション、小説、フラメンコ、様々な映画に自分たちの境遇を重ね合わせるセリフの数々。あるいは帰ってきた夫に対して、まるで夢を見る少女のようにべたべたとくっつくマリサ・パレデス。人々は時にフィクションに溺れ、そして現実を突きつけられ、生きることの困難を前に崩れてしまうが、同時にフィクションによってのみ表現可能な生の輝きに満たされ、つかの間の癒しを与えられる。その余韻。
「人生はときに矛盾していて、時に公平でもある」とつぶやくマリサ・パレデスの姿に泣く。