2022年7月31日日曜日

不安は魂を食い尽くす

 監督:ライナー・ウェルナー・ファスビンダー


これは凄い。呆気にとられながら見た。
ミュンヘンの街の風景を捉えたカメラワークは、最良のヴェンダースに匹敵するし、物語の恐ろしいまでの厳しい突き放し方はほかに類を見ないほどに鋭い。

前半は、初老の未亡人エミと、モロッコ人労働者アリの純粋な愛と、二人に向けられる世間、家族の偏見に満ちた視線の相剋が描かれる。サークの『天が許し給うすべて』と非常に似たあらすじだが、人種的偏見を正面から描く点で異なる。また、エミも決して裕福ではない(が、服のデザインなどに、かつては裕福だったことが垣間見られる)。
アパートメントの住人、勤務先の掃除婦などの露悪的な偏見と、それに毅然と抵抗するエミのドラマとして、実にオーソドックスな作りとも言えるが、窓を介した構図の作り方などに圧倒的作家性が宿ってもいる。
しかし真に驚かされるのは、後半の展開だ。
エミとアリが、(オープンテラスでの二人の対面の感動的なシーンのあと)偏見に満ちた世間から逃げ出すように旅に出て、そこから帰ってくる。帰ってくると、人々は以前よりも明らかに寛容な態度で接するようになっている。しかし一体何があったのかは、全く説明されない。ただ突然にして、世界が変わってしまう。このガラッと世界が変わる感覚は、『あやつり糸の世界』にも通じるものかもしれない。

さて、世界が寛容になったとき、エミとアリのかたい絆は、むしろ綻びを見せ始める。これは皮肉だ。そして更に、あれほど世間の偏見や差別に心を痛めていたエミが、例えば新しく職場にやってきたヘルツェコヴィナ人に対しては差別的な態度をとり、また同僚を家に呼んだ際には、アリの筋肉を見せびらかすという、ステレオタイピングを無自覚に行ってしまう。この皮肉な展開はどうか。エミは決してヒロインではないのだ。なぜなら彼女は戦時中は(みなと同じように)ナチスに入党しており、その事を平然と言ってしまう人間なのだ。映画は彼女を断罪するわけではない。むしろ、たとえプラトニックな愛を経験し、差別を目の当たりにしたとしても、そうそう人は変わらないのだ、という諦念すら漂う。なんと厳しい映画だろうか。

2022年7月25日月曜日

恋の秋

 監督:エリック・ロメール

日本に住んでいると、哲学好きで女にだらしない男というのは、ロメールの映画でしか出会えない(笑)
さて、この映画ではとんでもなく美しいショットが一つある。ベアトリス・ロマンと女子大生のロジーヌが、家の裏庭で横並びに座って話している。しばらくして、ロジーヌの方が去っていくのだが、それまで二人を正面から撮っていたカメラが、彼女たちの背後からロング気味に仰角ショットで去っていくロジーヌをパンで捉えるのだが、この意表をつく視点の変化と夕暮れの優しい光が息をのむほど美しいのだ。もうこのショットが見れただけで大満足というものだ。

しかし『美しき結婚』であーだこーだ御託を並べていたベアトリス・ロマンが、20年後にまた色々御託を並べて、恋に奥手になっているのが可笑しい。

マリー・リヴェールが、嘘をついて結婚広告で男を探して、ベアトリス・ロマンにそれとなく紹介する(しかも娘の結婚式で!)という小悪魔なフィクサーを演じていて、本当に小悪魔的な魅力があって、これは恐い(笑) 最後に男がやってきて、ベアトリス・ロマンと結ばれそうな予感を残して終わるわけだが、いやぁ、男は結局どっちに惚れてるのかわからないな!

2022年7月21日木曜日

トップ・ガン マーヴェリック

 一作目の記憶はほぼないが、トム・クルーズ × トニー・スコットなら『デイズ・オブ・サンダー』の方がずっといいだろうと思っているので、あまり思い入れのない状態で見た。
全くおもしろくなかった。
この映画、シナリオとビジュアルしかない。演出がない。
伝えるべき物語はおよそ単純明快なそれである。命令に従わないトム・クルーズに、上官が怒り、部下はついていけず、かつての恋人は再び燃え上がり、トム・クルーズが凄すぎて部下が一致団結し、よくある葛藤をよくある展開で乗り越え、大団円。
それ自体は許容されるべきご都合主義的な物語の展開に沿って、何となくカッコいい、あるいはバブリーな映像を配置して良しとしてしまう。細かい仕草や視線、モノに対する演出はほぼないと言って良い。ただボールを投げてるマッチョな男を逆光で撮り続けるだけのアメフトのシーンには怒りを覚えたし、ラストのクルージングに行ってしまったジェニファー・コネリー母娘の突然の帰還も、要はあの絵が欲しいだけだ。
こういうのを悪い意味でアニメ的と言うのだと思うが、今時のアニメはもっと繊細なのかしら。
捧げられたトニー・スコットが天国で泣いてるぞ。

ちなみにクライマックスとなるミッションの場面はさすがに盛り上がるものの、『ハドソン川の奇跡』の方が断然ハラハラするというのはどういうわけか。

『リチャード・ジュエル』で頭でっかちで無能なFBI捜査官を演じたジョン・ハムが、今回も頭でっかちなヘタレ役を悠然と演じているのが良かった。