2012年12月30日日曜日

マルタ

監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー

ファスビンダー初見なのだが、これは素晴らしかった。
メインのストーリーはヘルムートとの結婚生活で、これが始まるのは映画が始まって1時間くらいしてようやくなのだが、しかしこの最初の1時間の何と素晴らしいことか!

冒頭の、マルタが宿泊しているホテルの踊り場を仰角で捉えたフルショットが非常に美しい。
あるいはマルタの後をついて歩くリビア人(結局ストーリーに全く絡まずに終わる!)を、カメラがぐるっと回ってガラス越しに捉える意味不明なショットのインパクト(笑)

このカメラの円運動は、マルタとヘルムートが最初にすれ違う瞬間に受け継がれ、もうこのシーンは思わず大笑いしてしまったのだが、それにしてもこの前半1時間はあらゆるショットがバシバシ決まるのだが、決まるたびにそれが笑いへと転化されるという稀有な映画だと思う。
例えば図書館の館長とマルタの同僚が婚約し、そのことを同僚がマルタに伝え、そこで二人が抱き合い、画面奥から館長が出てくるというこの縦の構図なんて、いや本当に、今まで見た映画で最もまるで不必要な縦の構図だ(笑)しかしそれが「無駄」ではなく「過剰」として画面に定着する凄さがある。
物語上のつながりから要請されるショットを撮るのではなく、物語上特に必要のない、しかし美しく、あるいは過剰で、驚きに満ちたショットを撮ることによって、物語以上に視覚的イメージを残すこと。その魅力を、この映画は教えてくれる。
例えばマルタの母親が、マルタに向かって「あなたの言いなりにはならないわ!」と叫ぶシーンを見てみよう。ここで母親は、叫ぶとともに一歩前に踏み込む。そして一歩前に踏み込むことによって、丁度廊下の照明がバチっと彼女の顔に当たるのだ。
つまり物語(母親が叫ぶこと)には直接必要ではない過剰な美しさ(廊下の照明がバッチリ顔に当たること)がここにはあるわけだ。
マルタが新居に入ったときにゆっくりと窓の方に顔を向けるクローズアップにおいても、ドンピシャの照明が堪能できよう。

あるいはマリアンヌとマルタが会うオープンテラスの色彩も凄い。周りにあるバラを始めとして、パラソル、椅子、そしてストローまでもが真っ赤である。このカラー映画ならではのインパクトは、久々に味わった。

その他数え切れないほどある印象的なショットは、どれも物語の必要性を超えて画面そのものが主張しているショットばかりだ(例えばヘルムートのプロポーズの直後にカメラがクレーンで上昇して遊園地の全景を捉えるショット)が、物語の決定的な瞬間を決定的に撮ってみせる手腕も見事なもので、マルタの母親が倒れる瞬間のフルショットへのカットの切り替わりにはハッとさせられる。


さて、前半の1時間をやけに褒めちぎったのは、いざヘルムートとマルタの結婚生活が始まると、どうも退屈になってしまうからだ。
それはヘルムートの頑固さ、強烈な束縛キャラの表出という物語を画面がなぞっているだけのように思えるからだ。物語が中断され、ショットそのものが浮き上がる瞬間に欠ける。
しかしそれでも見事なのは、例えば何度も繰り返される玄関越しにヘルムートを捉えたショットのインパクトと、それが逆にマルタが家に帰ってきたときのショットで擬似的に反復される巧妙さがあるからだ。
そしてこのマルタが帰宅して家にいるヘルムートを見て、思わず絶叫するシーンから、映画が息を吹き返す。マルタが逃げ出し、遠くへと逃げていくロングショットの緑色のインパクトは、まるでソクーロフだ。
そして横転した車を捉えたショットの素晴らしさ。ああ、これでめでたくこの映画が、有無を言わさぬ傑作として終わりを迎えることができる、という安堵をついてるうちに、もう思わずニヤニヤせずにはいられない強烈なショットとともに、映画は締めくくられる。今年見た映画でもベスト級の一本であった。

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