2021年3月11日木曜日

第一容疑者 EP2

  監督はクリストファー・メノールからジョン・ストリックランドに変更され、またエピソード1の脚本を担当したリンダ・ラ・プランテはStoryLineのクレジットになり、脚本にはアラン・キュビットがクレジットされている。
ヘレン・ミレン演じるテニスンが、男性優位の警察組織で孤軍奮闘するというエピソード1を経て、人種問題にフォーカスをあてているという物語上の要請も、これらクレジット変更に関係しているのであろう。タバコを吸う姿があんなに決まっていたヘレン・ミレンが禁煙しているという設定も、新しいものをつくろうという意気込みを感じる。

 冒頭から模擬尋問が始まる。ヘレン・ミレンはすっかり優秀な女性警部という感じで受け入れられており、それはエレベーターにおけるヘレン・ミレンの余裕のある表情からもうかがえる(エピソード1では、エレベーターで長身の男性に囲まれ窮屈そうにする様子が何度か描かれていた)。
 
 さて、物語上の力点は、人種問題におかれているのだが、これがなかなか複雑にして一筋縄ではいかない。まずヘレン・ミレンが冒頭で黒人の巡査と一夜の関係を持ってしまうことが全編において話を拗らせる要因となるのだが、そのヘレン・ミレンにしても、人種的平等の観点からいって相当危うい。オズワルド巡査に対しての「黒人だからって特別扱いされたい?」というセリフは、エピソード1で自身が直面したジェンダー不平等の問題を自ら再現してしまっているし、対するオズワルド巡査もまた、終盤で自ら「自分はココナッツなのかもしれない」と回顧するように、アイデンティティを理由にしたくないという信念が空回りして、アフリカ系の少年に対して過剰なまでに暴力的な態度をとってしまう。あるいはそもそもオズワルドがチームに加入した理由自体が、警察組織の政治的な配慮である(このあたりは最近のJOCの体たらくを思わせる)。

オズワルドに威圧的尋問をされて錯乱状態に陥る少年が、"I can't breathe"と叫ぶのが印象的だ。

 エピソード1が、同一画面に複数の人物が出たり入ったりする演出が多用されていたのに対して、本作の演出上の特徴は、画面の奥行をより意識した設計だろう(※)。例えば白骨遺体が発見され、その周辺に刑事達が聞き込みを行うシーンでは、手前と奥の家それぞれに車が止まって、刑事達が降りてやってくる。ピントは手前の刑事にあてられるが、奥の家に行った刑事が、そこで強引に住人を連行しようとして住人が大声を出す。それを見て、手前の刑事も慌ててそちらに走っていく、というような演出がとられる。手前がブロンドの若い刑事で、奥が長身のレイシズムを隠さない刑事である。

 このコンビが中盤に、数年前の地元コンサートについてスタジオに聞き込みに行くシーンでも、やはり同様に、奥のレコーディング室で言い合いの喧嘩が始まるというショットになっている。
 画面の手前、奥、という関係性で、本EPで最も印象的な演出は、白骨遺体の情報から粘土で復元した像を、現場の隣の家族が見に来る場面。そこで息子のトニーが明らかにその像を見て取り乱し、母親に支えられながら椅子に座るのだが、ここでカメラは、この粘土像を手前に舐めながら、取り乱すトニーをピンボケで映す。ここではこの粘土像が、その空間を強力に支配していると言える。

終わってみれば、なかなか手の込んだ筋立てで、伏線がものの見事に回収されていくわけだが、素晴らしいのが、回想の再現シーンが一切ない点。
人物達の回想や独白によって語られる内容は結構複雑なのだが、演出はあくまで独白する者、それを聞く者の姿を捉えることに専念する。これがこのドラマを非常にクラシカルで締まりのあるものにしている重要なポイントだろう。

※  同一画面上で複数の人物が出たり入ったりする演出では、運命的な出来事の連鎖が強調されるだろう(例えばテニスンの前任者が心臓発作で他界、テニスンに出番がまわってくる、というように)。 




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