2011年11月29日火曜日

アルフォンソ・リンギス『何も共有していない者たちの共同体』について

リンギスはアメリカの哲学者で、レヴィナスの『全体性と無限』の英訳者として知られる。
タイトルにある「共同体」とは、一般的に言う場所を有する一つの共同体のことだけではなく、むしろ我々の生活環境を覆い尽くしている、一つの「規範」や「コード」のことである。

我々が「共同体」として意識するあらゆる共同体は、リンギスの言う「合理的共同体」である。
「合理的共同体」において人々は、「観念化された指示物の観念化された記号を交換している」のである、とリンギスは言う。これはどういう事かといえば、「合理的共同体」におけるコミュニケーションは、その企図された理念=メッセージを本質としており、僕が書く「A」という文字と彼女が書く「A」という文字は、いずれも「A」という一つのアルファベットとして受け取られる。
あらゆるコミュニケーションが、合理的に分節化されていく、これが合理的共同体である。

リンギスが射程するのは「合理的共同体」とは別の、もうひとつの共同体である。リンギスはこの「もうひとつの共同体」=「何も共有していない者たちの共同体」を、様々な表現を用いて描く。その筆致は極めて詩的で、なるほど、レヴィナスを想起させるほどに想像力に富む。
少し単純化して言えば、彼女が書いた「A」をアルファベットの「A」という理念として受け取る事は、すなわち彼女の筆跡、筆圧を全て捨象することと同じであり、リンギスが射程するのはむしろこの筆跡や筆圧そのもののコミュニケーションである。

第二章「顔、偶像、フェティッシュ」で熱っぽく語られる「価値語」が、その「もうひとつの共同体」のコミュニケーションを担う。
いくつか引用しよう。
・言語は根本的に、識別する手段ではなく、聖化する手段である

・『君は何て美しいんだ!』と言うのは、美しいものに対するリアクションではなく、『美しいもの』を祝福や涙で迎えるために使うものである

・肯定的な価値語は、その確固とした意味を、二項対立の定義から獲得するのではない。そこにある善、ありあまる豊かさ、求めずして与えられる恵み、大いなる過剰は反対カテゴリーに対する対立からその意味を獲得するものではない。比較するものでもない。

以上は、本書では直接言及していないが、言うまでもなくソシュールを起源とする構造主義へのアンチテーゼである。
人は美しいものを見て「美しい!」と感嘆するとき、それが「醜くないから」美しいと感じるのでもなく、あるいは「~より美しいから」美しいと感じるのでもない。ただただありあまる美しさの過剰に直面し、さらにそれを聖化するために「美しい!」と感嘆するのである。
つまり、価値語とは、単なる言語ではなく、対象を聖化する力なのである。
このような価値語の射程のもと、リンギスはレヴィナスに多分に依拠して(いると思われる)、「大地」、「空気」、「光」について語る。

・光で物を見る目は、見ることを享受する。日光の暖かさによって愛撫され、養われる生命は、温められることを享受する。大地によって支えられている歩みは、歩くことを享受し、(中略)、空気を吸い込む肺は、気持ちのいい空気を味わうことを享受する。

すなわち「価値語」や「感嘆」を生み出す「享受」を生み出すのは、光が対象に当たるからであり、空気が対象の温かみや音を伝えるからである。

リンギスが最終的に行きつくのは他者であり、他者の死であり、「死の共同体」である。

・彼または彼女が人生の終着点にある状況は、その人のそばに行く私たち、その人の傍にいなければならない私たち自身が、語りの極限に追いつめられる状況でもある。

・本質的なのは語られるべき内容で、語る事と誰が語るかは非本質的なこと、という状況ではもはやなくなるのである。まさにきみがそこにいなければならず、語らなければならないのである。

・本質的なのは、語ることであり、きみの手が、今この世を去ろうとしている人の手にさし伸ばされ、(中略)、きみの声の暖かさが、その人のところに届くことなのである。

・それはコミュニケーションのはじまりなのである。

レヴィナスがそうであったように、本書もまた、合理的な分節によって失われる他者性に注意を向けている。それは「合理性」という没個人的な記号とは別の手段によるコミュニケーションであり、「個」の称賛である。

・自分の役割が課す命令や、文明社会の共同事業が課す命令によって、他者の死を正当化し、他者の死を彼あるいは彼女にまかせて立ち去る自由などないのである。


グローバル資本主義の下、あらゆるモノや人が合理的に判定され、拷問(!)されるこの社会において、人々がもう一度他者へと開眼し、「もうひとつの共同体」を形成してくれることを願う。
(という思いつき)

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