2023年11月24日金曜日

脱獄の掟

(Dryden Theaterにて35mmで鑑賞)

 監督:アンソニー・マン


ジョン・アルトンとマンの組み合わせとしては、MUBIの配信で見た『Tメン』しか知らなかったのだが、警察のプロモーション的な側面が濃厚な作品ではありながら、サウナで犯人を探す場面で、大量の湯気によって視界が遮られながらも、犯人がぬーっと姿を現すといったシーンが非常に印象的だった。本作でもクライマックスにおいて、霧によって視界を遮られたなかでの銃撃戦があり、こうしたところに共通点がうかがえる作品となっている。ただ、そうしたモチーフの一貫性などどうでも良いぐらい、とんでもないレベルの視覚的充実と絶妙な説話法によって、どんな絵画よりも美しく、それでいてノワールならではの毒々しい閉塞感をたたえたほぼ完璧な作品に仕上がっていると思う。

冒頭の接見シーンからして見事なカット構成だと思ったが、全編にわたって深い縦構図のショットが横溢しており、たとえばレイモンド・バーが手下の積み重ねたトランプタワーを無慈悲に破壊するショットでは、画面手前でトランプタワーがグシャっと潰されて、凄い迫力だ。

あるいはクレア・トレヴァーがタクシーから2階に上がってきて(ここに至る窓越しのサスペンスも素晴らしいが)部屋に入ったあと、奥の部屋で着替えているマーシャ・ハントと初めて対面するのだが、ここで普通なら二人のミドルショットの切り返しでも入れることが予想されるが、なんとトレヴァーが画面奥で、部屋の中のハントに軽く会釈するだけなのだ(ハントは画面に映ってもいない)。こうした語りの効率性、視点の維持は、もちろん予算による制約など非美学的要因も大きいと思われるが、それにしてもこのように想像力を喚起させるようなショットを見るのは嬉しい。

映画は非常に面白い構造をしていて、主人公は脱獄囚のデニス・オキーフだが、恋人のクレア・トレヴァーのモノローグがときどきオーバーラップする演出がなされていて、それは多くの場合、マーシャ・ハント演じるアンとオキーフとの情事(の予感)への嫉妬、あるいは絶望の言葉であり、それでいてこの映画で最も極端な変化を遂げるのがそのマーシャ・ハント演じるアンなのだ。"A littele decency"を求めて仕事をしていた彼女が、オキーフを救うべく男を銃撃してしまい、思わず部屋の外へと走っていくシーンでは、扉の外がそのまま家の裏口になっていて、そこからまっすぐと海へと続く道になっている。彼女がドアを開けて画面奥の海の方へと走っていくショットは見事というほかない。              その後浜辺で接吻したオキーフとハントだったが、オキーフは意外とそっけなく、翌朝にハントを車から降ろし、代わりにトレヴァーが向かいの車から降りてくる。二人が無言のまますれ違うのを俯瞰で撮るのだが、ここがまるでスパイ映画の人質交換のようなのだ。なんとかっこいい映画を撮るのだろうか。

それと、やはりクライマックスが見事だ。あまり見せ場がないままハッタリ野郎の印象すらあったレイモンド・バーが、実に巧妙にオキーフに一発撃ち込むのがものすごい早業で、まさに西部劇の手触りなのだが、続く炎のシーンがまた見たこともないような造形で驚いた。




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