2021年11月20日土曜日

『ビースト』と『あるいは裏切りという名の犬』

 フランスで元警官という経歴を持つオリヴィエ・マルシャンが監督した『あるいは裏切りという名の犬』を、リメイクした韓国映画が『ビースト』である。
ふたつ合わせて、『ビースト、あるいは裏切りという名の犬』とオリヴェイラの映画みたいになるな、というのは置いといて。

『ビースト』を劇場で見て、その後DVDで『裏切り~』を見たが、後者から触れたい。

ダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデューという、ソース顔二人の共演映画なのだが、これが非常に良く出来ていて驚いた。マルシャンの映画はその後も意味不明な邦題シリーズの犠牲になっていて、最近は日本では劇場未公開で配信スルーという状態のようだから、必ずしも固定ファンの獲得に成功していないのかもしれぬ。しかしこの映画はかなりタイトにまとまっていて、リアリズムの追求がある種の洗練、簡潔性の美学に高められていると言って良いのではないか。
オープニングで警視庁の看板を外す男達を見せておいて、実はこれは引退する刑事への贈り物だったというジョークを流しつつ、並行モンタージュで護送車襲撃を描く。襲撃のシーンが非常にうまく出来ていて、それほど決め過ぎないロングショットに、各ポジションの必要不十分なミドルショットを合わせ、現金収奪が完了すると、襲撃された白のワゴンの前後に停めた黒のワゴンが同時に走り出して去っていく、というロングショットで締める。
この強奪犯が絡むシーンは、あとでドパルデューの単独行動が悲劇に終わる場面になるが、ここでの銃撃戦も、かなり豪快ながら尺はそれほど長くなく、とにかくコンパクトなのが良い。
終盤にオートゥイユが出所してから、元同僚に会いに行くシーンなどがいささか性急な処理になっていて、ここが少し勿体ないと思った。特に元麻薬捜査官で、ドパルデューに幻滅して地方の分署に異動した女性警官との再会が、単なる情報処理になってしまっている。個人的には、一線を退いた刑事同士の再会、というのは最も映画的でエモーショナルなそれだと思うので、これはちと残念。思うに、この女性警官とドパルデューのシーンを全て省き、彼女の現役時代の幻滅を、オートゥイユとの再会後に語らせれば良かったと思うのだがどうか。
ラストの捻りも良かったです。

で、『ビースト』なのだが、お話の大枠は共通している。
新入りの女性警官の存在、”アリバイ”提供と引き換えに殺人を黙認するという展開、成果を求めて単独行動に出てしまう刑事、窓を突き破っての転落、バーのマダム、そのマダムへの暴行の復讐、など。
相違点として、細かい話で言えば、メインとなる事件が護送車襲撃から猟奇殺人になっているところがいかにも韓国映画だ。
しかしもっと本質的な、ある意味この物語に対する視座を反映している違いがあって、フランス版では、オートゥイユ演じる刑事がかなり同情的に描かれており、ドパルデュー演じるは「悪役」として描かれている。当然、オートゥイユも結構無茶苦茶やっているのだが、娘とのエピソードなんかもあって、だいぶ甘い。そんな「善人」であるオートゥイユが組織からはじかれ、ドパルデュー演じる「悪人」が組織のトップに立ってしまう、というこのシステムの非情なる論理を見せることで、観る者をいらだたせ、オートゥイユ演じる刑事に肩入れさせるのがフランス版である。
韓国版は、オートゥイユ演じる刑事の無茶苦茶ぶりをむしろ掘り下げることで、個人の内部にある善と悪、その混沌ぶりを徹底的に曝け出すことによって、観客をどちらにも肩入れさせない物語を作ろうと意図しているように見える。
その結果、刑事が”殺人の黙認”を隠ぺいしようとするという新しいエピソードをつくっている。実際に展開されるサスペンス(銃弾の取り換え工作、元妻とのアイコンタクト、死体がこちらを見ているという幻覚)もそこそこの完成度となっているが、元々なかったエピソードを新たに仕込んできた事を踏まえると、総じて見事な脚色と言わざるを得ない。

フランス版が、システムと個人の相克、そして法外の領域における決着、という『ダーティハリー』から綿々と続く正統派的主題を扱っているとすれば、韓国版は、個人において善悪の境界があいまいとなっていき、それがやがて狂気へと発展していく、その末路を露悪的に描こうとする。そしてその他の韓国映画を踏まえれば、これはこれで定番の主題と言って良いだろう。しかしある意味リメイクでそれをやっちゃう韓国映画界の勢いとでも言うか、そういうものを改めて感じた次第。

撮影や演出の簡潔ぶり、ショットの過不足のなさにおいては圧倒的にフランス版を買うし、韓国版のやたら多い過剰なクローズアップもやや安直な手法と思うのだが、しかし同じ題材に対するはっきりと異なるアプローチを経験できるという意味では両方とも見ることを推奨したい。


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