2015年1月12日月曜日

その街のこども TV放送版

演出:井上剛

佐藤江梨子が死んだ友人の父親に会いに行く一連のシーンが素晴らしい。
それはもちろん、一つだけ灯りのついた部屋の存在と、それをあくまでロングショットで捉えること、によるところもあるが、それ以上にまた、一度コンビニへ行った森山未來が走って公園に戻るというディレクション、そして佐藤江梨子が戻ってきてからの、二人の、手を振る/振らないのやり取り、といった演出の複雑さが素晴らしいのではないか。
つまり、”一つだけ灯りのついた部屋”というビジュアルに満足せず、あくまでその空間で役者を行き来させるからこそ、公園の二人とロングショットで捉えられた父親の、二つの空間の差異が、静的な(図式的な)ものにならず、ダイナミックなそれになっているのではないか。

ちなみに、この映画は、『コラテラル』なのではないか、というのが見たときの印象だった。上記のシーンで『コラテラル』を想起せずにはいられなかった。

居酒屋の撮影が意味不明なのだが、それでもついつい引き込まれるのは、会話が素晴らしいからだろうか。
居酒屋での対立→鞄を同じロッカーに預けていたせいで再会→二人で歩く流れに、、、という展開の心地よさ。あるいは佐藤江梨子がいったん居酒屋に戻ってくるシーンの省略の的確さ。

ラストの二人の抱擁。
キスはしないのだが、これはキスをしないのが日本流、というよりは、もはやこの二人は、唇と唇を合わせるなどという器用なことはできず、ひたすら抱き付くことしかできない、それぐらい切ないのだ!と解釈したら、勝手に泣けてきた。

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