監督:アンティ・ヨッキネン
もう10年近く前になるが、特にその名を知らぬまま、暇つぶしに美術館へ行ったとき、ちょうどヘレン・シャルフベック展が開催されていた。絵画は大して知らないし、勉強したこともないのだが、彼女の初期の作品群の、きわめて深遠で寒々とした美しさに魅了されたのをよく覚えている。また、有名な「恢復」という病み上がりの子供の姿を描いた作品も、一目見ただけで大好きになったし、繊細さと影のある雰囲気にアントニオーニやベルイマンといった作家たちを想起したのも覚えている。展示では晩年の作品群が後半に続き、そこでは自画像が大半を占めていた。しかもそれが後に行けば行くほど、どんどん輪郭の曖昧になっていき、闇が深くなっていったのに、大変な衝撃を受け、いったいこの愛すべき画家に何が起きたのだろう、と素朴にも思いながら、美術館を後にしたであった。
本作は、シャルフベックを扱った初の伝記映画であるが、彼女の華々しい初期の成功ではなく、まさに上記の暗い自画像の時代-田舎で貧しい生活を送りながら、いささか神経症的な振る舞いで自画像を描き続けていた時期-を取り上げているのが面白い。
ここで繰り広げられるドラマは、足が悪く、慎ましい生活を送りながらも、気高い雰囲気をたたえた中年女性の、孤独と、そのなかにある美しい友情と、恋愛とその破綻による苦しみの物語である。どことなくヴァージニア・ウルフの小説のような、物悲しさと気高さが同居したドラマと言って良いかもしれない。
全体として美しいショットは多いが、それらがイメージの連鎖として昇華していかないため、作品としてはそれほどのレベルには達していない。
シャルフベックがエルナンの頬を叩くシーンや、終盤の、エルナンの婚約者が下手くそなバイオリンを披露するなか、見つめ合う二人の視線ショットなどが美しい時間として定着しているが、その他のシーンはやや焦点を見失ったような描写が多い。
しかしながら、シャルフベックを演じたラウラ・ビルンの存在感、眼差しの迫力は素晴らしい。一見単調な演出であっても、彼女の顔、眼差しには、画面を弛緩させないだけの強さがあった。